泉大津再訪
大阪府泉大津市は人口8万人足らず。はっきりいって、近隣の高石市、和泉市、泉北郡忠岡町を含め大阪の中ではかなりマイナーな存在である。私は生れも育ちも大阪であるが、長らくその存在すら知らなかったくらいだ。ちなみに地元の人は単に「おおつ」と呼ぶ。
毛織物の生産地であったが見る影もなく衰退し、関空建設+バブルでベッドタウンとして再開発された。が、それも中途半端に終ってしまいどうよと思われていたが、近年、人口減の大阪にあっては珍しく、増加傾向にあるらしい。
我々が住んでいたのは駅前から南へ伸びる「アルザ通り」に面したマンションであったが、これは新築だったので当然健在であり何ひとつ変ってはいない。エントランスや駐車場に入ってみたが、娘は自分が生れ育ったこのマンションのことを何ひとつ覚えていなかった。「えー?ついこないだこの中庭でビニールプール出して遊んでたやんけ!」
「知らない。覚えてないよ」
「この駐車場に黄色いランドルセル背負った男の子の幽霊で出るーとか言って泣いてたのは?俺もちょっと怖かったけど」
「覚えてへんわ」
「覚えてない」
「サンディや。このスーパーの中でしょっちゅう走りまわってよー怒られとったけどやっぱり覚えてないんか?」
「覚えてない」
「こめっとランチや。ここの弁当、お前抱っこしてよー買いに行っとったけど」
「覚えてない」
「あの貸店舗、まだ貸店舗やで」
「うそやん。あのケーキ屋、まずいのに潰れてへんわ」
「この美容院にお父さんもお母さんも通ってたんやで」
「ふーん」
「いずみおおつCITYや。ここのマクドやミスドのことも覚えてないんやろな」
「覚えてない」
「なんでやねん。お前のマクド好きのルーツ的存在やで」
いずみおおつCITYの中を、ああやっぱりあの店潰れてるとか言いながらブラブラした後、義父義母義妹夫婦とリーガロイヤルホテルあらためホテルレイクアルスターで合流して、ランチバイキング。
ランチ後は、裏通りを南下。
しぶとく残る、毛織物工場。道路の上を工場のパイプが縦横無尽に行き交う。後ろに見えるは、バブルの頃億ションとして名を馳せたアルザタワー。このパイプのアーケードをくぐってよく散歩をしたもんだが、娘は当然覚えていない。
「ここが、お前が行くはずやった幼稚園やで」
「へー」
「この壁に描いてあるウサギの絵が好きやったんや、お前は。ベビーカーで散歩してると、ここで絶対に停めさせられたわ」
「ホンマ?あははは」
「隣がお前が行くはずやった小学校や。今度行く小学校のほうが広いな」
「あー、あのクリーニング屋さん、潰れてるわ」と妻。
「ああ、例の」
「あのおっちゃん、必ずヤクルトのバッタもんみたいなんくれたなあ」
「あんたもよー飲んどったんやで」
「やたらとアップリケのついた服と変なハチマキしてはったけど、ええ人やったなあ」
「夏はおばちゃんが、上半身丸裸で夕涼みしてはったもんなあ」
「あれは毎年ビックリしたな」
ここらあたりは、いかにも新興住宅地っぽい表通りと、戦前にタイムスリップしたような裏通りで、驚くほどダイナミックに変化するが、住民の間には見た目ほどの壁はなかったように思う。
「お、KIXSの女子寮や。これが近所にあったからあのマンションに決めたんや、俺は」
「は?」
「ガラガラバッグをひいてハイヒールをカツカツいわしてるスラっとしたおネエさんが列をなして歩いてるのを期待してたんやけど、あんまり見いひんかったな」
さらに南下して穴師公園へ。
<「お前、ここで毎日のようにキャーキャーゆうて遊んどったんやけど」「覚えてへん」
「そこで怪我して病院行ったのは?」
「覚えてへん」
「結局何も覚えてへんやんけ、お前は! なんかすごい色々と損した気分やぞ、俺は」
「覚えてへん」
ということで、娘は泉大津のことは一欠片も覚えていませんでした。
15時すぎに泉大津を発ち、藤沢に着いたのは0時半。疲れた。




5 reponses to "泉大津再訪"
1. 幽霊は
黄色いランドセルじゃなくて、熊の柄がついた黄色いスカート穿いてたらしいですよ。
男の子は間違いないけど。
2. なんでやねん
なんでSちゃんは覚えてへんのやろな~?
3. S、トリ並みの記憶力
S、トリ並みの記憶力なもんで……
4. 失礼なブログやな 大
失礼なブログやな
大津毛織にあやまれ!!www
5. 大津毛織
おっ、大津の方ですか。中小の毛織物工場は壊滅して久しいですが、大津毛織はまだ頑張ってますね。
オーツタイヤも住友ゴムに吸収されながらもまだ大津に工場が残ってるようで、何よりです。
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